二つの言葉と、それを実感してきた瞬間
高校時代、福島の強豪校で3年間の寮生活を送りました。
サッカーそのものはレベルの高さに苦しみ、うまくいかない時期がずっと続きました。
それでも、多様な価値観や背景を持つ人たちと一緒に生活する中で、いろんな人や考え方があるんだと実感し、自分の世界が大きく広がった感覚がありました。
結果がすべてではない、ということを、身をもって知った3年間でした。
高校3年生の2月、単身ニュージーランドへ2週間渡りました。
当時は海外留学を考えていて、その下見のつもりでした。
ですが現地で過ごすうちに、「今この場所に来ても、自分は何も得られない」と痛感しました。
帰国後、周囲には反対されながらも、大学受験へと方針を転換しました。
自分の目で見て、感じたことをベースに決める。
このスタイルが確立したのは、この2週間だったと思います。
高校3年生の頃、僕の偏差値は38でした。
サッカー部を引退するまで、勉強らしい勉強をしたことはほとんどありません。
それでも9月末、模試の判定がずっとE判定のまま続いていたある日、
1日14〜15時間、机に向かう生活に切り替えました。
科目を絞り、英語一本に力を注ぎ込みました。
結果が出たのは1年後、1年の浪人を経てのことでした。
立命館大学経営学部への合格。
「意志あるところに道は開ける」という言葉を、初めて自分の実感として理解した出来事でした。
※似たような経験は、実はこれ以外にも人生で何度かありました。
大学卒業後、兵庫、そして東京(三軒茶屋・杉並)と暮らす場所を変えてきました。
渋谷に近い暮らしの中で感じたのは、便利さと引き換えの、ある種の息苦しさでした。
東京に住んでみたからこそ、自然に囲まれた地方の暮らしが自分に合っていると気づけたのだと思います。
今、鹿児島県さつま町で暮らしているのは、この気づきの延長線上にあります。